プロローグ ~菊池 勝~
第4話
カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ…!
やたらと甲高くて速い一対の靴音が、少々長い廊下の中を響き渡っていく。
足音の主は、一人の刑務官だ。ある拘置所の未決囚独居房に配属されている四十四歳の男で、名を長谷部(はせべ)といった。
駆け足よりも速い速度で廊下を駆ける長谷部刑務官の表情は、普段冷静沈着に職務をこなす事で定評のある彼にしては、ひどく落ち着きがなく、むしろ相当に焦っている節さえ見受けられる。
廊下の反対側からすれ違いかけた同僚の刑務官が彼のそんな様子に気付いて、「おい、長谷部」といぶかしげに声をかけた。
「何をそんなに慌ててるんだ。だいたい、そっちはC棟だろ」
同僚の刑務官がさっきまで立ち寄っていた所こそが、通称C棟と呼ばれる未決囚独居房である。まだ刑が確定していない裁判中の凶悪犯や問題のある者を隔離・収容している場に、どうしてあの長谷部刑務官が慌てて向かおうとしているのか、彼は皆目見当がつかない。
そんな同僚に対して、しぶしぶ足を止めた体だった長谷部刑務官は、見た目同様焦った声を発してこう尋ねてきた。
「なあ。今日C棟に入ってきたっていう新しい未決囚、名前は本当に菊池 勝で間違いないのか!?」
「え…。ああ、さっき俺が203室に送り届けた奴か。そうだな、確かに菊池って名前だったな。俺達とそんなに年は変わらないと思うが、それがどうし…おい、長谷部!」
同僚の言葉を最後まで聞く間も惜しんで、長谷部刑務官は再び走り出した。
本当は、同僚に聞くまでもなかった。先日が夜勤明けだった為、今日は昼過ぎからの出勤となったが、その時の引き継ぎで新しい未決囚が入る事くらい知っていた。
ただ、その未決囚の名前がどうしても信じられなかっただけだ。あまりにもよく知っている名前だったから。
廊下を駆け抜けた後、C棟へと続くドアを開けて滑り込むように先へと入る。そのまま今度はさほど長くはない廊下を進んで、一番左奥に見えている203室と名の付いた独居房のドアの前に立った。
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