第42話

「…ねえ。まさか、自分の代わりにその大窪さんを助けてって言うつもり?」

「だったら、どうした?」

「何で?あり得ないでしょ!?」


 優子は心底信じられないと言わんばかりに、つかつかと自分に詰め寄る。よほど驚きが隠せないのか、両目が大きく見開かれていた。


 自分にとっては、優子のこの反応の方が信じがたかった。


 優子が言葉を続けた。


「ねえ。その大窪さんって、おじいさんにとって何な訳?」

「何って…友人だ。ワシにとても良くしてくれた、かけがえのない友人じゃよ」

「友達?だったら、ますますあり得ない。悪い事言わないから、やめとけば?」

「何故だ?」


 間髪入れずに問い返せば、優子はわずかながらに言葉を詰まらせ、自分から視線を逸らす。


 言葉を選んでいるのか、口の辺りをモゴモゴ動かして、聞き取れない小さな声を漏らしている。だが、それは十秒ほどで途切れて、優子は再び自分に向き直って言った。


「別に?ただ単に、友達なんて信じない方がいいよっていう忠告だよ。その大窪さんって人、影でおじいさんを悪く言ってたかもだしね」

「そんな事はない。そんな人じゃないから、ワシはワシの奇跡の生還とやらを大窪さんに譲って、助けたいと思うんじゃ」

「うわ、言っちゃった。だまされてる人の常套句だよ、それ。マジでダメだってば、痛い目見るよ?」


 と、優子が自分をじっと見る。


 何も変わらないように見えるのに、先ほどまで被って見えていた美代子さんの影がどこにもない。自分の目の前にいる少女の表情に浮かんでいたのは、純粋な心配だけだった。

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