第36話



 翌日の地方新聞の朝刊の片隅に、大窪さんの家の火事に関する記事が小さく載っていた。


 それによると、火事の原因は現段階ではまだ不明の調査中であり、全身に火傷を負った大窪さんは意識不明のまま、病院に搬送されたのだという。


 自分は、その小さな記事を朝からずっと見つめていた。事実がただ淡々と書かれているだけの数十文字のこの活字だけが、大窪さんの今を知る唯一の術なのがひどく悲しかった。


 どれだけ、そうしていたのだろうか。ふいに、自分の背後から声が聞こえてきた。


「お義父さん。私、出かけてきますから。これ、いつものお昼代です」


 美代子さんだ。自分が反射的に振り返れば、美代子さんが無造作にこちらへ向かって右手を突き出している。その手のひらに、五百円玉が乗っていた。


「それから、その新聞もらっていってもいいですか?正太の受験先の小学校の特集記事が載ってるらしいので」


 ぼんやりとして五百円玉を受け取ろうとしない自分にすぐに焦れたようで、美代子さんはそれを強引に自分の右手に握らす。


 そして、床に広げたままだった朝刊を、自分の返事を待たずして取り上げようとしたので…気が付けば、自分は美代子さんの伸ばしてきた手を思いきり払っていた。


「きゃっ!?…ちょっとお義父さん、何を」

「ダメだ!」


 短く、ただそう一言。語調を強めて拒んだ。


 新聞を守るように上半身を少し屈めて、無意識に歯を食いしばる。すると、美代子さんはすぐに察したようで、深い溜め息をついた。

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