第34話



「うん、うまい。親父、いい店を知ってるじゃないか」


 そう言って、正治は好物のきつねうどんの大盛りを実にうまそうに頬張っている。自分は返事もせず、いつものカツ丼をもそもそと食べていた。


 正直、自分に呆れ果てていた。


 別に、この食堂でなくてもよかったはずだ。本当に大窪さんと顔を合わせづらいと感じているなら、ずっと反対側の位置にある立ち食いそば屋でも行けばいい。


 それなのに、ここを選んだという事は、少しばかり期待しているとでもいうのか。ここなら大窪さんに会えるとでも。


 自分勝手にも程があるというものだ。自分から拒絶の言葉を吐き、大窪さんの口から嫌な思い出を吐露させて、辛い思いをさせただろうに、どの面下げて会いたいと望んでいるのか。


 思わず、深い溜め息を吐いてしまった自分に、何を思ったか正治が突然話を切り出してきた。


「親父、俺さ…正直なところ、正太のお受験が失敗すればいいと思ってる」

「…な、何っ!?」


 思わず箸を取りこぼすも、正治はそんな自分の反応も想定内だったのか、構わず話を続けた。


「美代子の境遇はもちろん知ってるし、自分と同じ思いはさせたくないっていうあいつの母親としての気持ちも当然だと思う。でもさ、俺はそれとはもっと違う何かを正太に知ってもらいたい」

「……」

「例えば、ささやかな友情とかさ。言ってて照れ臭いけど」

「正治、お前…?」

「美代子の言う事、気にしなくていいから」


 と、正治がにこっと笑ってくれた時だった。


 食堂の入り口ドアががらりと開いて、買い出しにでも出ていたのか女主人が勢いよく入ってくる。そして、自分と目が合うなり駆け寄ってきて、早口に言った。


「ああ、あんた!えっと…今井さんだっけ!?私も今聞いてきたとこなんだけど大変だよ、大窪さんがね…!」

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