第33話

「美代子なら、正太達を連れて出かけた。マナー教室の一日体験コースに行ってくるってさ」

「…お前は行かなかったのか?」

「ついてこいって言われたけどな、知った事かと突っぱねてやったよ」


 そう言ってから、正治は自分の目の前にどかりと座る。その顔はどこか誇らしげで、「どうだ、見たか」と言わんばかりに意気揚々としていた。


 自分は、逆に息子の考えている事がよく分からなかった。


 お受験というものをやるからには、両親の意向や協力などが絶対不可欠なのではないのか。少なくとも、美代子さんはそれを信じて疑わず、その為の言動を絶やさない。


 なのに、知った事か?突っぱねてやったとは…?


 呆然としてしまい、一言の言葉も出てきやしない。そんな自分に、正治は少し上半身を乗り出すようにして、言った。


「そんな事より親父、昼飯はどこか外で食べないか?」

「そんな事よりって、お前…」

「美代子の奴、腹いせのつもりか知らないが、晩飯の用意もせずに出ていった。この様子だと夜まで帰ってくるつもりはないんだろ。たまには男同士、好き勝手にしよう」

「正治、だが…」

「いいから。まずは昼飯だな。親父、何食べたい?カップ麺ばかりで飽きてるだろう?」


 ダメだ、正治は出かける事を前提に次から次へと言葉を降らせてくる。


 それをかわしきれずにおろおろしてしまったが、頭の中ではあの店の事が何故か自然と浮かんでいた。

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