第30話

堤防を歩きながら話しましょうかと言う大窪さんの後ろにぴったりついて、自分達は最後になるだろうウォーキングをゆっくりと進んだ。


 この時聞いた大窪さんの話をまとめると、このような感じだ。


 昔、大窪さんは奥さんと一緒に小さな町工場を経営していたが、不況の煽りを受けた上、大企業の生産工場にほぼ全ての仕事を奪われた。


 銀行からの援助も断ち切られ、残ったものは負債だけ。どうにもならなくなった二人が選んだのは、夫婦揃っての心中という道だった。


「よく聞く話でしょう?ただ違うのは、私一人が生き残ってしまったという事なんですよ」


 肩越しにちらりと振り返ってきた大窪さんと、自分は目を合わせられなかった。つい顔を背けてしまえば、彼の苦笑いの声が薄く聞こえてくる。


「妻が用意した睡眠薬を半分ずつ分け合って飲み、工場に火まで放ちました。これで死ねると思った直後に意識をなくして、次に目を覚ました時、私は病院のベッドの上で寝てました。妻は黒焦げになってしまったというのに…」


 殺人罪には問われなかったものの、自殺幇助やら放火の罪を課せられた大窪さんは、それから数年ほど服役したそうだ。


 出所しても親類縁者からは拒絶され、誰からも女房殺しと後ろ指を指される。それが辛くて住居を転々とする生活を、もう何十年としてきたという。


「まあ、どこに越してもすぐに知られてしまいましたけどね。しかし、今回は遅かった方ですよ。この町に越してきたのは、五年ほど前でしたから」


 そう言って、大窪さんが足を止める。気が付けば、もう堤防を一周していた。

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