第29話

「あの、大窪さん」

「何でしょう?」


 大窪さんが、自分の言葉を待ちかねていたかのように、素早くこちらに顔を向ける。


 辛い、辛い。今まで本当に良くしてくれた人に、自分はどれだけ残酷な事を聞こうとしているのか。


 頼む、どうか間違いであってくれ…!


「息子の嫁から聞いたのですが…もし違っていたら、そうだとおっしゃって下さい」

「はい」

「あの」

「はい」

「大窪さんは、昔…奥さんを、その…」


 自分がそこまで話すと、ふいに大窪さんから発せられていた今までの雰囲気ががらりと変わった。


 ただ、それは自分に対する怒気や失望などという、暗いものではなかった。強いて例えるならば、些細なイタズラを始める前に知られてしまった小さな子供が放つものとどこか似ていて。


 だが、事実は決して些細ではない。大窪さんはほんの数瞬、自分から目を離して小さく息をつくと、再びこちらを見返してから、「ええ、そうですよ」といつもの口調で答えた。


「私は昔、妻を殺しました」

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