第21話
「気持ちがいいなぁ…」
「そうでしょう?」
思わず漏れただけの自分の言葉にすぐさま反応して、大窪さんがひょいっとこちらを覗き込んでくる。
その表情は、まるで子供のように無邪気で心底嬉しそうであった。
「私もね、始めた頃はそりゃあきつかったんですが」
大窪さんが言う。
「でも、ある日ですね。今のあなたみたいに、ふと気が付いたんですよ。ああ、風が気持ちいいなあと。空もとってもきれいだなあと。どうして今の今まで気付かなかったんだろうって」
「……」
「そして、こうやって身体を動かした後に食べるあの食堂のカツ丼は本当に最高です。生きている喜びもひとしおというものですよ」
「ふふっ…」
大きな身ぶり手振りで大げさな事を言い出す大窪さんの様子に、つい軽く笑ってしまった。だが、彼はそれで機嫌を悪くするどころか、ますます言葉に拍車がかかっていく。
休憩が終わり、昼飯を食べに例の食堂に向かう少々速い足取りの中でも、大窪さんのおしゃべりは止まる事はなく、自分はそれを聞く事を楽しく感じるようになっていた。
「今井さん、いつかそのカツ丼を完食できるようになったら」
まだほんの少しカツ丼を食べ残してしまう自分に、大窪さんはやや身を乗り出すようにしてこう言った。
「私と一緒に何かの大会に出ませんか?ひどく有意義かつ楽しいですよ」
「ははは…いったい、いつになる事やら」
自分が彼のように走れるなど、とても想像できない。
だが、それも悪くないと思えた事が不思議だった。
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