第17話

「大窪さん。失礼ですが、お年は…?」

「私ですか?今年で六十九です」

「ワシより年上なんですね」

「えっ。今井さん、失礼ですが」

「六十八です」

「プッ、一つしか変わらないじゃないですか」


 また、大窪さんが笑う。だが、不思議と不快ではない。大窪さんの笑った顔は、何故かこちらの気分まで明るくさせてくれる。


「一つしか変わらないなら、何も遠慮する事はありませんね」


 そう言って、大窪さんは机越しに左手をぐいっと伸ばして、自分の肩をぽんぽんと軽く叩く。そして、言葉を続けた。


「これからも、こうやって昼飯を一緒にしてやって下さいよ」

「え、でも大窪さんのご家族に悪いのでは」

「お気遣いなく。気ままな一人暮らしですから」


 そう答えて大窪さんは、再び勢いよくカツ丼にかぶりつく。そのあまりの豪快さに、自分も何だか食べきれるような気がしたが、やはり半分ほど残してしまった。


 申し訳ないと、女主人の方に目を向けると、彼女は少々使い古してはいるものの弁当箱を一つ持ってきて、「持って帰って食べておくれよ」と言ってきた。


「大窪さんが友達連れてくるなんて、初めてなんだよ。よかったら、また来てちょうだいね」


 この時、その友達という言葉が少しくすぐったかった。




 食堂からゆっくり歩いて戻っていたら、すっかり夕暮れ時になってしまった。


 大窪さんとは、家より少し手前の道で別れた。そのまま帰宅すると、玄関先で同じく帰ってきた美代子さんとばったり出くわした。美代子さんはちょっとだけ目を大きく見開いていた後、こほんと軽く咳払いしてから言った。


「お帰りなさい、お義父さん。ずいぶん遅かったんですね。…それは?」


 美代子さんが、自分の手にぶら下がっているビニール袋を指差すので、すぐに答えた。


「ああ。出先で食べ残してしまったものをもらってきたんだ。まだ口をつけてないから、少ないけど今夜の夕食にどうかな」

「そうですか、分かりました」


 半ば奪うようにビニール袋を取って、美代子さんは先に玄関をくぐっていく。自分も後に続いた。


 夕飯の時間になって、自分が持ち帰ったロースカツは正治の皿にだけ盛り付けられていた。

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