第15話

「さ、着きましたよ。今井さん、大丈夫ですか?」


 そう言いながら肩越しに振り返ってきた大窪さんは、すぐにオロオロとした表情を見せ、自分の背中を二度三度と撫でてくれた。


 大窪さんにとっては普通だったかもしれないが、自分にとって彼の歩く速度は早歩きというよりはもはや競歩だ。昔から運動に一切縁がなかったとはいえ、着いていくのがやっとだった。


 「大丈夫ですよ、これくらい」と強がりを言う自分の口からは、ぜいぜいと荒い息遣いが隠れる事なく繰り返し出て行く。それに気付いた大窪さんは、また「ふふふ…」と忍び笑いを漏らした。


「帰りはもう少しゆっくり行く事にしましょう。さ、入って食べますよ」


 自分の背中を撫でていた手を離した大窪さんが先に入っていったのは、小ぢんまりとした一軒の食堂だった。


 後に続いて入ってみれば、昼の混雑時が少し抜けたばかりといった感じで、食堂の中にある十ほどの客席には三、四人ほどの客しか座っていない。ただ、営業周りと思われるサラリーマン達の中に混じって、学生と思しき女の子が一人いたのが、ほんの少し気になった。


「…ごちそうさま」


 中華そばを食べていたらしいその女の子は、食事が済むとさっさと席から立ち上がって、自分の真後ろにある出入り口に向かう。


 その顔が、ついさっきまで泣いていたかのようにくしゃくしゃに歪んでいたので、思わず何か声をかけようとしたのだが。


「今井さん、食券何にします?私はカツ丼がお勧めなんですが」


 という大窪さんの声に一瞬気を取られ、その隙に女の子は食堂から出て行ってしまった。


 気にはなるが、大窪さんを無視する訳にもいかず、「お勧めなら、ワシも同じでお願いします」と答えてから、空いている席へと先に腰を下ろした。

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