第14話

「今井さん…ですか?」

「え、ああ…はい。今井謙造と申します」

「これはごていねいに。私は、大窪武夫(おおくぼたけお)です」


 深々と、そして柔らかい仕草でお辞儀をしてきた男――大窪さんは、本当に若々しく見える。ゆっくりと身体を戻していく大窪さんの黒くて艶がまだ残っている頭髪さえうらやましい。自分など、半分くらい真っ白になってきているのに。


 自分の口の端が苦笑で持ち上がりそうになる。


 それを見計らったかのように、大窪さんが言った。


「今井さん、これから昼飯ですか?」

「え、えぇ…まあ」

「だったら、私もお付き合いさせて下さい。少し遠いんですが、うまくて安い丼を出す所を知ってますから」


 大窪さんが再び両腕をきびきびと動かし始める。それまで制止していた両足も、そわそわとしだした。


 どうしようかと、悩む。この辺りから離れた場所になど行った事がないし、知り合いは誰一人いない。美代子さんが帰ってくるまでに家に戻っていられる自信などないぞ。


 断ってしまおうか。もしくは、いつも行くコンビニかそば屋にしませんかと言うべきか…。


 どう切り出そうかと考えていると、ふいに大窪さんの口から、「ふふふ…」と忍び笑いの声が漏れ出すのが聞こえてきた。


「大丈夫ですよ。今井さんを置いて走ったりしません。まあ、早歩きはしてしまうかもしれませんが」


 違いますよと言いたかったが、結局何も言えなかった。

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