第13話



 二週間ほどが過ぎた頃だっただろうか。


 あれは、確か火曜日だった。いつものように美代子さんが出かけていき、自分は渡された五百円玉をガラス瓶に収めてから、今日の昼飯は何にしようかと考えながら玄関を出る。


 そうしたら、自分のすぐ目の前に、いつもはただすれ違って会釈するだけのユニフォーム姿の男がいた。タンタンタンと、軽快な足踏みを踏み鳴らしながら。


「やあ、こんにちは」


 初めて聞いた男の声は、野太くもよく通るものだった。ここに来るまでにも走っていたのだろうに、全くかれた様子がない。


 反射的に、自分も「こんにちは」と返す。


 すると男は、足踏みをぴたりと止めて、ブンブンと力強く振り上げては下ろしを繰り返していた両手を腰の辺りに当ててから、実に気持ちのいい笑みを浮かべてきた。


「おたくのうち、ここだったんですね。近頃よくお見かけするから、この辺にお住まいの方だとは思ってましたが」

「あ、いや…ここは息子の家でして。最近になって、転がり込んだ次第なんですよ」

「ほう、いい息子さんじゃないですか」


 男の口から、そんな言葉がするりと出てきたのを聞いて、単純にも嬉しくなった。


 正治がいくつになっても、彼が褒められれば親として嬉しい。


 もしかしたら、美代子さんもそうありたいから、あのように頑張ってるのだろうか。


 そんな事を少し考えていたら、気持ちのいい笑みを浮かべていたままの男が、玄関先の表札に気がついたようで、ゆっくりと口を開いた。

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