第11話
朝。正治が出勤し、正太や奈緒美もそれぞれ家から出て行ってしまうと、自分は美代子さんと二人きりになる。
まだこの町に来て日が浅い自分は、どこに何があるのかなど全く把握しきれていないので、だいたい日がな一日中、テレビを見てぼんやりと過ごしてしまっている。
いつもそうしているのも悪いと思い、一度、家事を黙々とこなしている美代子さんに声をかけてみた事がある。
「美代子さん、何か手伝える事はないかな?」
美代子さんの返事は、こうだった。
「いえ、結構です。退屈でしたら、その辺を夕方までお散歩してくるか、お部屋でゆっくりお昼寝なさっていて下さい。私、お洗濯が終わったらダイちゃんママとコウちゃんママ達と一緒にお出かけしなくちゃいけないんです」
そして、台所のテーブルの上にあった財布から無造作に五百円玉を抜き取り、自分の手に押し付けてきた。「これ、今日のお昼代です」と言いながら。
美代子さんは、やたらと立派でおしゃれな服を身にまとい、昼前には家を出て行ってしまった。
「正太の為に、ちょっとでも有利な情報を掴まなくちゃ」
それが、玄関を出る際の美代子さんの決まり文句。この言葉を聞くたびに、間抜けに五百円玉を握りしめた私は納得せざるを得なかった。
そうか、正太の為なのか。だったら、仕方ないな。
それから平日の昼前になると、美代子さんは自分に五百円玉を渡して出かけていくようになった。たまに昼食を用意してくれる事もあったが、だいたいが前日の残り物かカップ麺だった。
自分は美代子さんからもらった五百円玉を一切使う事なく、やがて大きなガラス瓶に収めていくようになった。もちろん、正治には何も言わずに。
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