第7話
†
「…一緒に暮らさないか、親父?」
三ヶ月ぶりに会った正治は、部屋の中をぐるりと見渡すと、小さな溜め息をついてそう言った。
大学入学を機に一人暮らしを始めた正治は、そのままある中小企業の商社に就職し、なかなか我が家に戻ってくる事はなかった。
やっと帰ってきたのは、就職してから五年ほど経ってからの事だ。その隣には見知らぬお嬢さんが立っていた。
「紹介するよ、同僚の笠井美代子(かさいみよこ)さん。彼女と結婚しようと思う」
正治の横で頬を染めながら、「は、初めまして…」と緊張気味に挨拶した美代子さんを、妻が一目で気に入っていたのを覚えている。できる事ならもう一人子供が欲しかった、次は女の子を…とその昔考えていた妻にとって、彼女の存在は嬉しいものだったに違いない。
だが、同居を望む妻の一言を、美代子さんはその日のうちにぴしゃりと断った。
「ごめんなさい。今は、正治さんとの生活を楽しみたいんです。同居はしばらく待ってもらえませんか?」
妻は嫌な顔一つせず、それを了承した。
まだ若い二人だ。自分達年寄りに煩わされる事なく、新しい家庭を幸せに過ごしたいと思うのは当然の事だと納得していたので、自分も同意するしかなかった。
いつになったら一緒に暮らせるかしら、楽しみですねと言いながら、妻は笑っていた。それが果たせぬまま、彼女が逝ってしまった事が今もどこか悔しい。
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