第5話

妻の葬儀は、一人息子の正治(まさはる)が全て執り行ってくれた。


 本来、自分が喪主として何もかもを仕切るべき立場なのだが、この時の自分は妻が横たわる棺桶の前にぼんやりと座り込んでいて、何もする気になれなかった。せいぜいできたのは、弔問客に対して会釈する事だけで。


 告別式の時もそうだ。自分は妻の遺影を抱えて、ぼんやりと斎場に立っていて、隣にいる正治の言葉を聞いていた。


「本来ならば家長であり、長年、母と連れ添った父がご挨拶申し上げるところですが、父は大変憔悴しておりますので、代わりに息子の私がご挨拶させていただきます…」


 マイク越しにそう言いながら、ちらちらと自分を窺ってくる正治が、何故かやたらと大きく見えた。


 正治、何をやってるんだ。お前がそうやって見つめるべき相手は自分ではない、母さんだったろう。


 …いや、違うな。


 自分はいったい、何をしているのだろう。


 妻の言う通りだったのに。先に死ぬのは、自分であるべきだったのに。


 どうしてお前が、先に逝ってしまったんだ…。

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