今井謙造(68歳)の場合
第4話
…何だ、これは?これが「死」というものなのか?
もし、そうなのだとするならば、どうしてこうも静かで楽なのだろうか。てっきり、痛くて苦しくて仕方ないものだろうなと思っていたのに…。
四十五年もの間、連れ添っていた妻がガンでこの世を去ったのは、半年前の事だった。
ガンが見つかったのは、それよりもさらに五年ほど前で、その時医者から淡々と告げられた告知は、「余命三ヶ月です」というものだった。
だが、妻はとてもよく頑張ってくれた。
「私は、あなたより先に死ねませんよ。だって、あなたは私がいなければ、何もできないじゃありませんか。とても心配で、先に死ねたものではありません」
この物言いは少々腹が立ったが、それでも妻の言う通りだった。若い頃から仕事第一で、趣味の一つも持ち合わせていない自分は、妻がいなければ家の事すら満足にできない。
そんな私を置いていけないと、妻は本当によく頑張ってくれた。
長くて苦しい治療に懸命に耐えてくれたし、少しでも体調がよい時はなるべく普段通りにしたいと言って、いつものようにうまい食事を作ってくれた。厳しい手術も乗り越えてくれた。
それなのに、今年に入って再発と転移が見つかった妻は、一気に衰弱していった。
全身にはびこったガンは手術不可とされ、痛みを緩和するだけの治療のみ行われた。
それでも、妻は心底痛くて苦しそうな顔を見せた。意識も朦朧とし、荒い息を何度も繰り返し。
「ごめんなさいね…、頑張れなくて…」
それが、妻の最期の言葉だった。
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