第115話
スタート位置の壁を蹴って、波打ってるプールの水面を背中に感じながら、必死に泳いだ。
クロールとか平泳ぎとかと違って、顔はずっと水の外にある訳だから、皆が応援してくれてる様子や声とかはっきり分かった。だから、余計に力が湧いたっていうか…。
「あの時、安西はとてもきれいに泳いでたよな。おまけにぶっちぎりで一位になった」
宏樹の声で、はっと我に返る。また視線を向けてみれば、宏樹はとても優しい表情で私を見返していた。
そして、何だか頭の辺りが温かい。風邪の熱とは違うその温かさが何なのかは、すぐに分かった。宏樹が、じんわりと汗をかいたせいでベタベタになってしまっている私の頭をゆっくりと撫でていた。
私は、すぐに言った。
「ちょっ…やめてよ、髪の毛とか汚いから」
「何で?汚くないよ、安西は」
「汚いよ。髪だけじゃなくて…全部」
「全然汚くない。安西はちょっと間違えちゃっただけで、あの時と何も変わってない。俺はきれいだと思ってるよ」
「前嶋、眼科に行ったら?こんな事でもしないと安心できなくなってる私のどこが…」
本気で宏樹の美意識を疑った。言いながら、私は左腕の包帯をほどいて私の中でもっとも醜い傷痕を見せてやろうとする。
なのに、できなかった。宏樹が私の両腕を決して強すぎない力で捉えて、それから素早くキスしてきたから。
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