第105話

ちょっとムカつくから。ウザいと思ったから。大した理由もないけど、そうした方が面白いから。


 そんなふうに思って、『それ』を始めた。始めるまでは、クラスの誰もが今みたいに笑って楽しく過ごせていたはずなのに。


 もしかして、私もあんなふうに笑ってた?皆と一緒に楽しく笑い合えてた?誰かの事であんなに喜んで笑えてた?


 …無理、全然思い出せない。何か、笑い方を忘れちゃってるみたいだ。


 いや、唯一覚えているものはある。『それ』のターゲットにした誰か――主に蒔絵を見下してた時に向けていた、自分でも嫌になるくらい不気味な薄ら笑いなら。


 その薄ら笑いすら、とてもできない。たった100メートルで、しかも予選であっても、宏樹が全力を出して走り抜けたこの場では、とても…。


 急に、罪悪感が一気に心の底から押し寄せてきた。


 皆のこの笑顔、教室では見られなかった。いや、私が止めてたんだ。今日はあいつ、明日はあの子って次々ターゲットを変えてたら、そんなの当たり前じゃん…。


 全部払拭させると言った宏樹の言葉の意味が、やっと分かった。


 いつの間にか、私は大声を張り上げて泣いていた。私のそんな様子に気付いたクラスの皆が、驚いた顔を次々と向けてくる。


 ここで一言、皆にはっきりと「ごめんなさい」が言えればいいのに、私はずっと泣き続ける事しかできない。


 憎まれても仕方ないそんな私に、揶揄(やゆ)の言葉をぶつけてくる者は、もう一人もいなかった。

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