第99話

ようやく、オレンジ色の椅子の前まで来れた時、ほんの一瞬だけ、私の心臓と呼吸が止まったような気がした。


 確かに宏樹の言っていた通り、そのオレンジ色の椅子の一番から三番までの横列に二年A組の全員が揃って座っている。それぞれ好き勝手な私服を着ている皆も私に気が付くと、次々に思い思いの言葉を発し始めた。


「あっ、安西だ…」

「やだ、マジで来てんじゃん。ウケるんだけど~」

「どのツラ下げて、俺達の前に出てこれんだっつー話だよな。全くよ」


 ふん、そんなの知るか。私だって前嶋に強要されて、ここに来てるだけで…来たくて来てる訳じゃないんだから。


 心の底でそう毒づきながら、私はクラスの連中の顔を一人一人睨み付けてやる。その中に蒔絵の顔はなくて、何故か、ちょっとだけほっとした。


 まだ何か言っているようなクラスの連中に完全に背中を向け、私は手の中のビデオカメラのレンズを覗き込みながら、グラウンドの方を見やった。


 私がビデオカメラを向けた時、ちょうどグラウンドの周囲に点在するスピーカーからテンポのいいファンファーレの音楽が鳴り始め、バラバラに散らばっていた各校の選手達がグラウンドの中央に集まり出す。


 その中で、私はいち早く宏樹の姿を見つける事ができた。

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