第98話



 バスに三十分ほど揺られて着いた隣の市の運動競技場は、メインとなるのが陸上競技の大半を行う事ができるようにやや広く設けられた屋外グラウンドだ。


 学生の大会だけではなく、実業団の様々な競技大会や県主催のマラソン大会などにも幅広く利用され、グラウンドを取り囲むように作られている観覧席もある事で、この日も例外なくたくさんの応援客で賑わっていた。


「南側の一番から三番までのオレンジの色の列が皆の席だから。安西は一番前でビデオ係よろしくな」


 グラウンドの入り口手前で別れた宏樹の言葉を思い出しながら、私はそのオレンジ色の椅子の列とやらを目指す。東側の入り口から入ってしまったせいか、うっすらと見えるオレンジ色は時計回りに進んでいかないと着きそうになかった。


 東側の緑色の椅子の列の前を突っ切るようにして進む。だけど、大会開始の時間までもう間もないせいか、続々と応援客が集まってきていて、なかなか前に進む事ができなかった。


 焦れて、混み合う人波から一歩大きく足を踏み出した時だった。


「いったぁ!」


 何かを踏ん付けたような感触がしたと思った途端、すぐ目の前から誰かの痛がる声がした。ハッとして見てみれば、一人の中学生くらいの女の子が私を睨み付けていた。


 うっすらと涙目になっているその子は、真っ黒くて長い髪をポニーテールでまとめていた。あまり背も高くないうえに、まだ小さな子供みたいなあどけない顔立ち。それに加えて、着ている服も明らかに量販物と思えるようなチェックのワンピースだったので、私は女の子の足を踏んでしまったのだと分かっていたのに、つい悪びれもせずに適当な口調で適当な言葉を投げかけた。


「ああ、ごめんごめん」

「なっ…」


 それだけ言って、私は絶句している女の子の横をすり抜けていく。どうせもう二度と会う事もない。別にどう思われてもいいと思った。後で後悔すると知らなかったから。

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