第97話

「…あんた、マジでムカつく!いい加減にしてよ!!」

「何が?」


 私が本気で怒っているというのに、宏樹の顔は余裕しゃくしゃくといった感じで、それが余計に悔しい。同い年のはずなのに、宏樹が何だかすごく大人に見えた。


 宏樹が言った。


「逃げるなよ、安西」

「え…」

「始まりはお前からだったけど、『それ』を助長させたのは俺も含めたクラス全員だ。佐野がまた学校に来れるようになる為にも、今日で全部払拭(ふっしょく)させてやる。だから、これでしっかり俺を撮っててくれ」


 宏樹が再びビデオカメラを差し出してくる。今度は私が受け取るまで、ぐいぐいと押し付けるようにして。


 仕方なく両手で支えるようにしてビデオカメラを受け取ると、そっと手を離していく宏樹の頬が徐々に緩んでいく。


 そして、肩に提げていたスポーツバッグを掛け直すと、「じゃ、行こうか」と空いている片手を伸ばしてきた。


 受け取ったままのビデオカメラを、玄関を出る時に一緒に持ってきていた鞄の中に詰め込んだ私の左手を、宏樹の手が優しく掴む。


 傷を覆い隠している包帯はまだそのままだ。その事に気付いているのかどうかは知らないけれど、宏樹の手はずっと優しかった。


 そのせいか、私は目的地に着くまで、またいつものカッターナイフを部屋の机の上に置いてきてしまった事を思い出せなかった。

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