第93話

「あっ…」


 あいつの短い驚きの声が聞こえる。何だかまた居心地が悪くなって、私はすいっと視線を横にずらした。


「悪かったわね。来たくて来たんじゃないんだけど」

「い、いやっ…あの…」


 あいつは左腕をバタバタと動かしながら、持っていた雑誌を片付けようとする。その時見えた雑誌の表紙には、『中学陸上スポーツ前線』なんて、なんとも陳腐なタイトルが書かれてあった。


「何だよ、またそれ読んでたのか」


 宏樹がベッドに近付き、その雑誌を覗き込むようにして見つめる。すると、今まで青白くしか見えてなかったあいつの頬が、うっすらと赤くなったような気がした。


「…いいだろ、別に」


 唇の突き出すようにして、あいつが拗ねた顔をする。


「僕だって、たまには思い出に浸りたい時だってあるんだよ」

「それがいけないだなんて、一度も言った事ないだろ俺は」

「……」

「拗ねんなって。今日は頼みごとっていうか…いや、報告って言った方がいいのか。とにかく」


 そこで一度言葉を切って、宏樹はベッドから離れる。そして、すぐ私の方に向かってくると、いきなり私の両肩をしっかりと掴んで、そのままあいつのベッドに押しやり始めた。

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