第92話

よし、と一声発して、宏樹は病室のドアの前に立つ。そして、とても慣れた様子でそのドアを二度三度とノックした。


「遼一、いるか?」

「…あれ?宏樹?うん、いるよ」


 ドアの向こうから、くぐもったあいつの声が返ってくる。自分でも、頬が少し引きつったのが分かった。


 一方で宏樹は「いるよ」と言うあいつの返事にほっと息をついてから、慌てるようにドアノブを掴んで押し開けた。一気に真っ白で清潔な病室の中の様子が目に飛び込んできて、私にはとても眩しく見えた。


 そんな病室の真ん中にあるベッドに、あいつは上半身を起こして座っていた。いつもの水色の縦縞模様のパジャマの上に、薄いカーディガンを羽織っている。細い右腕には太めの点滴針が刺さっていて、それを何となく目で追っていったら、それに比例しているのかやたらと大きな点滴パックが重々しく吊るされていた。


 何の薬かは知らないが、それをゆっくりと身体に受け入れながら、あいつは空いている左手で何かの雑誌のページをめくっているところだった。


 そのページから顔を持ち上げ、あいつの目が宏樹と私を捉える。宏樹は最初に「よう!」と軽く片手を挙げてから、その身体を横にずらす。そうすれば、嫌でも私の姿が丸見えになった。

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