第90話
あいつがいる病院へと向かう私達の足取りは、ひどくゆっくりとしたものだった。
正直、何で私が行かなくちゃいけないんだと思う。いくら不安がなくなったといったって、病院に行く事自体が面倒臭いし、あいつに会ったって、また何か言われて嫌な思いをするだけかもしれないのに…。
そう思うのに、私の手を握って少し前を歩く宏樹の手を振り払う事ができない。おとなしくついていく自分が、何だか滑稽でおかしく思えた。
夕方と呼ぶにはずいぶん早い時間に、私達は病院の前に辿り着いた。
それでも宏樹は私の手を離してくれず、病院の自動ドアを潜り抜け、ロビーを横切り、階段を昇っていく。その間、宏樹も私もずっと押し黙っていたけど、やっぱり捻挫した右足が少し辛いのか、宏樹の口から息が切れる音がまた聞こえてきた。
「ちょっ…大丈夫?」
つい、反射的にそう尋ねる。すると、しばらくぶりに私の声を聞いて驚いたのか、それとも同じように反射的だったのか、宏樹はぱっと勢いをつけて振り返ってきた。その目を大きく見開かせながら。
返事を返そうと、宏樹の口が開きかける。でも、それより早く私は言ってやった。
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