第87話

「さっきはごめんな、安西」


 病院からの帰り道、松葉杖を使いづらそうに動かしながら、いきなり宏樹が謝ってきた。


 何の前置きもなくそう言ってくるので、私は当然「え?」としか言いようがない。そんな私に苦笑しながら、宏樹は言葉を続けた。


「あいつ…あ、奥寺遼一っていうんだけど、あいつに悪気はないんだ。俺の事になると、ちょっと過敏になるところがあるっていうか。いや、まあ…他にもいるけど」

「何、おホモだちって奴なの?あんた達」

「どうしてそこで『親友なんだね』とか言えないんだよ。可愛くないな」

「私が可愛い性分じゃないから、前嶋はそんなふうになってんじゃないの」


 そう答えると、宏樹の動きがぴたりと止まった。


 数歩歩いた先でその事に気付いた私が肩越しに振り返ると、宏樹は私をじっと見据えていた。怒っているような、少し悲しんでいるような、どっちとも言えない微妙な表情で。


「本当の事でしょ」


 鼻から息を細く吐き出してから言うと、自分でも分かるくらい呆れた口調になった。すると宏樹は「違うよ」と軽く首を横に振りながら、それを否定してきた。


「そんな事ない、本当の安西は女の子らしくて、とてもいい子だよ」

「ちょっと…バカじゃないの?何を根拠にそんな事」

「根拠ならある。ちょっとした自信もあるよ」


 宏樹は一切目を逸らさずに、力強く言った。


「俺は安西の事、ずっと見てたんだから」

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