第86話

「ちゃんと答えて。君にとっては気にも留めない事かも知れないけど、僕にはとても重大な事なんだよ」


 あいつが言った。その言葉に、ムッとする。あいつの中での私の立ち位置がそういうものなんだとはっきり確定されたのが分かって、それはその通りなんだけど、ムカついて仕方なかった。


 だから、その気持ちの赴くままに言葉を吐き出そうとしたのに、それを遮ったのは宏樹だった。


「やめろよ、遼一。この怪我は、安西のせいじゃない」

「宏樹…?」

「ただ、俺が間抜けだっただけだから。それに大丈夫。大会までには何とか治すし」

「そんな保証どこにもないだろ。その間練習はできないだろうし…ハンデとか言ってカッコつけるようなら、僕怒るよ?」

「ああ、それはないな」


 宏樹があいつを振り返った。とても勝気で、自信たっぷりな顔で。


「俺はお前から預かったバトン、絶対に落とす気ないから」


 宏樹がそう言葉を続けると、あいつの大きな目がさらに見開かれた。息を吸い込む音まではっきりと聞こえてくる。それだけで、あいつと宏樹の間に通じるものがあるんだと分かって、何だか居心地が悪かった。


 その居心地の悪さに耐えきれなくなって、さっきの自分の言葉を実行するべく、少し早足で総合受付カウンターまで行った。


 そして、一対の古い松葉杖を借りて戻っていた時には、もうあいつの姿はなくなっていた。


「あいつは?」


 そう尋ねたら、宏樹は苦笑混じりに言った。


「大会でいい成績取らなきゃ絶交だってさ。ガキだよな~」

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