第82話



「五月九日…」


 私の口から、その日付が言葉になって出てきていた。


 忘れもしない、私とあいつが初めて会った日だ。あの日の私はただただムカついていて、イライラしていて、そんな時に現れてニコニコしていたあいつに、いい印象を抱く事ができなかった。


 それなのに、この日記の中に残っているあいつの心は、やっぱり優しい。見知らぬ私をこんなに気遣ってくれていた。あの時限りだったかもしれない私の事を、こんなにも心配してくれている。


 そして何より、優しいあいつは自分を責めた。自分の身体の不調が進んだのは、私を責めたせいだと。


「バカだな、あいつ」


 私の横で、宏樹がふうと長い溜め息をついた。


「この日の事は、本当によく覚えてるよ。学校が終わってお見舞いに行ったら、あいつはベッドの上でこれを書いてた。この時、もうあいつは理香に惚れてたんだな」

「何、それ…」


 私は聞いた。


「どういう意味?」

「言葉の通りだよ」


 宏樹が答える。


「たぶん、この日記のどこかにあると思うぜ?一目惚れ、とかいう文字が」


 宏樹の指は、日記の次のページをめくろうとしていた。

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