第63話

そんなはずないのにと自嘲しながら、私は教室の一番奥の席に歩を進めた。かつて、蒔絵が使っていた席だ。今ではちょっとイタズラ好きな子が使っているのか、机の上は変な絵の落書きばかりで占められている。


 そんな机の上をひと撫でしてから、私はその隣の席に目を向けた。


 蒔絵の物だった机と違って、とてもきれいな机と椅子だ。机の中の教科書やノートも、とてもていねいに収められている。たぶん、今の持ち主である生徒は、よほどしっかりしてて几帳面な性格なのだろうなと思った。まるで、あいつみたいに…。


 私は、ゆっくりとその席に座った。何だか妙に座り心地が良くない。久々に学校の席に座ったせいなのか、それとももはや私のものではないからなのか、理由は全く分からなかったけれど。


 そんな私を見つめながら、宏樹もゆっくりと席に近付いてくる。さっきまでの表情が消えていて、何だか懐かしさを噛み締めているように見えた。


「その席、だったのか?」


 ふいに、宏樹が問いかけてきた。


「そこが、遼一が最後に望んだ場所だったのか?」

「うん」


 私は頷いた。すると、宏樹がほんの少しだけど、唇をギュッと噛み締めた。

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