第62話

宏樹は、心配と不安がないまぜになった表情を全く変える事なく、再び私に話しかけた。


「やっぱり、出るか?」

「え…」

「無理なんかしなくていいんだ。ここはお前にとって」


 いい思い出の場所なんかじゃない。そんな事は言われなくても分かっていた。


 だからこそ、と私は思った。せっかくの機会なんだから、きちんと向き合わないと。いつまでもあの頃のままでいられないのは、あいつより七歳も年上になってしまった事で分かってるじゃないか。


 ううん、と首を横に振りながら、私はやんわりと宏樹の手をどけさせた。


「大丈夫」

「理香、でも」

「大丈夫だから」


 薄く笑ってから、私は宏樹の横をすり抜け、ゆっくりとした足取りで教室の中に入っていった。


 本当に、七年前とちっとも変わっていなかった。


 少し古ぼけてしまっている教壇。きちんと消されていないせいで、真っ白いチョークの痕がうっすら残ってしまっている、だらしのない黒板。整然と…と言うには、ちょっと列が乱れてしまっている今の生徒達の机や椅子の数々。


 それらの一つ一つがもう私達のものではないはずなのに、あまりにも変わり映えしていない様子に、つい錯覚してしまいそうになる。


 私や宏樹や蒔絵はまだ十七歳で、その辺を捜せば、まだあいつがどこかにいるんじゃないかと…。

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