第60話

「どういう事か、今度のホームルームでちゃんと説明してもらうぞ。もちろん、安西もな」


 私は返事をしなかった。何となく顔を合わせたくなくてそっぽを向いていたら、やがて呆れたような溜め息の音がして、「じゃあな」という後藤の声が続けて聞こえた。


 ピカピカに磨き込まれた病院の床が、後藤が遠ざかっていく足音を響かせていく。それが全く聞こえなくなった頃、宏樹が突然言った。


「あはは。まさかこの病院に患者としてくるとは思わなかった。いつもはお見舞いだけだもんな」

「え…」

「友達が入院してるんだよ、ここに」


 そう言って、宏樹は長椅子からゆっくりと立ち上がる。右足首に巻かれた包帯が、何だか痛々しかった。


 あまりにもふらふらと立ち上がるから、とっさに両手で宏樹の身体を支える。すると、制服の上からは分からなかったけど、宏樹の身体はやたらがっちりとしていて、健康的なたくましさも備わっているのが感じ取れた。


「あ、悪い…」


 驚いている私に気付かず、宏樹は照れた笑みを浮かべる。その事に何故か私はほっとしながら、「ま、松葉杖でも借りてきてあげる」と言い返して、総合受付に向かった。その時だった。


「あれ、宏樹じゃないか。どうしたんだよ、その足」


 聞き覚えのある声に、ハッとして振り返る。


 そこには、あいつがいた。相変わらず一対の松葉杖を両腕に抱えて、ひょろひょろとした体格に水色の縦縞模様が入ったパジャマを着ているあいつが。


 あいつは私に気付かない様子で、ゆっくりと宏樹に近付いていった。

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