第59話



「大丈夫?」


 そう問いかけてみれば、病院の総合受付カウンターの前にある長椅子に腰かけていた宏樹が、ぷっと小さく吹き出した。


「まさか安西の口からそんな言葉が出るとは思わなかった」

「何よ、それ。バカにしてるの?」

「いや、素直に感動しているよ」


 そう言って、宏樹はニコッと笑った。


 あの後、思っていた以上に大騒ぎになって、私と宏樹は例の総合病院に担ぎ込まれた。


 いろいろと訳の分からない機械を使っての検査を行った結果、私は問題なし。宏樹は右足首の軽い捻挫だけで済んだ。


 ただ、宏樹にとっては「捻挫だけ」ではすまなかった。一週間後に控えていた陸上大会への出場が危ぶまれたのだ。


 それを、病院まで駆け付けてきた後藤の口から聞いた時は、今まで生きてきた中で一度も味わった事のないような痛みが胸を走った。何だか急に締め付けられて、息苦しいような…。


 だから、「大丈夫?」って聞いたのに、宏樹はニコニコするだけだった。


「じゃあ、前嶋。俺は一旦学校に戻るから」


 後藤がそう言いながら、私達に近付いてきた。ひどく怖い顔をしながら。

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