第53話

「離してよ、前嶋!」

「えっ…あ!」


 今頃になって右腕を掴んでいたままだというのに気付いたみたいな顔で、宏樹は慌ててぱっと離す。


 左腕とは違う、ちょっぴり痺れるような疼きが右腕に残る。そんな感覚を振り払うかのように、私は右腕を左右に振ってから宏樹を睨み付けた。


「…何のつもり?」

「何が」

「何がって」


 分かっているくせに。その言葉はあえて口に出さずに、また睨み付ける。すると宏樹は、長い息を吐き出すと同時に「ああ」と気の抜けたような声を発してきた。


「さっきの事?言ったよな、毎日迎えに来るって」

「だから、何で?」

「決まってるだろ、そんなの」


 宏樹は、ふっと口元を緩めた。もしかしたら、宏樹の笑顔を見たのはこれが初めてだったのかもしれない。


 宏樹が言った。


「俺が、お前の最初の味方になるって決めたから」

「え?」

「前にも言ったけど、お前は皆に謝るべきだ。でも、どうしてなのかまだ分かっていないみたいだし、分かる前に佐野と同じように休みがちになられてもあれだ。だから、俺が安西の味方になる。俺が、お前が学校に来る最初の理由になろうと思う」


 宏樹が何を言ってるのか、どうしてそんな事を言っているのか、ちっとも理解できなかった。


 ただ、宏樹が嘘をついてない事は何となく分かる。そして何となくだったけど、こいつは本気だ。何故か、そう思えた。

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