第52話

「あら、あなたは?」


 お母さんの問いかけの言葉に、宏樹は深々と頭を下げてから言った。


「あ、おはようございます。俺…理香さんと同じクラスの前嶋っていいます。今日は理香さんと一緒に学校まで行こうと思って、迎えに来ました」


 呆気に取られるって、こういう時の事を言うのかな?照れもなく、はっきりとそう言い切った宏樹に、私の口は何の反論も出てこない。


 ぽかんとしてしまった私に気付いて、宏樹はお母さんの横を静かにすり抜け、私の右腕を掴んできた。


「おはよう、安西。これからは毎日迎えに来るから、俺」

「は…?」

「それじゃ、行ってきます」


 私の右腕を軽く引っ張りながら、宏樹はお母さんに再び頭を下げ、そのまま玄関を出ていく。私は引っ張られるまま、ローファーも満足に履けてない状態で玄関から外へ連れ出されていた。


 あまり雲のない、穏やかでいい天気だった。


 北の方角へほぼ一本道となっている通学路を、宏樹は私の右腕を掴んだまま歩いていく。


 お互いの歩幅が全く合っていないので、中途半端のままのローファーは脱げそうになるし、何も足元に落ちていないのにつまづいて転びそうになるしで、ちょっと…いや、かなり迷惑。


 私は掴まれた右腕を自分の方に引き戻そうとしながら、大声を出した。

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