第50話



 三日後の日曜日に、私は退院した。


 まだ左腕に包帯は巻かれたままで、医者が「二日おきに病院に来て下さいね」なんて言っていたが、頷くのは迎えに来てくれたお母さんばかりで、私はそっぽを向いて無視していた。


 帰りのタクシーの中で、お母さんは私の肩に腕を回して、そうっと撫でてきた。


「理香、大丈夫。大丈夫だからね、お父さんもお母さんもいるから」


 何の足しにもならないセリフに、私は呆れた溜め息しか出せなかった。


 家に帰ると、お父さんが玄関の前に立っていた。何故か、A4サイズの茶色い封筒を持って。


 タクシーから降りてきた私に、お父さんはその封筒を差し出してきた。


「同じクラスだっていう男の子が持ってきてくれたぞ」

「え?」

「確か、前嶋君とかいってたな」


 前嶋宏樹…この間の事を思い出して嫌だったけど、とりあえず封筒を受け取り、自分の部屋に入ってから開けてみた。


 中に入っていたのは、数枚のプリントだった。


 一学期内に行われる遠足や参観日などの行事のお知らせや、集金の案内などが書いてある。その中に一枚、やたら小さいメモのような紙切れが混ざっている事に気付いて、私はそれを手に取ってみた。


『安西、この間は言い過ぎた。ごめんな』


 走り書きで書かれている、少し汚い文字。私はそれをくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱に放り投げた。


 私はこれも知らなかった。


 この頃から始まっていた、宏樹の想いも…。

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