第49話
「おーい、これ拾ってよ」
間延びした、あいつの声が私を呼び止めてきた。
「はぁ?」
思わず、変な声を出してしまう。肩越しにちらっと振り返ってみれば、あいつは左手の指でタイルに転がっている方の松葉杖を指差しながら、もう一度言ってきた。
「これ拾ってよ」
「…」
「君がやったんだろ~?」
「…うるさい!あんた、マジでウザい!!」
誰がそんな事してやるもんか。
そんな気持ちをその一言に込めて言い切ってやると、今度こそ私は屋上を出ていった。
この時、私は何も知らなかった。
この頃のあいつにとって、自分の足元に落ちた物を拾うという事が、どれだけ難しい事だったのかも。
本当だったら、私や宏樹や蒔絵と同じクラスで過ごしているはずだったという事も。
この時、私の左腕の事を知って、どれだけの思いを抱いてくれていたのかという事も。
そして何より、あいつ自身の時間が誰よりも限られていたという事も、何もかも知らなかった。
何も知らずに、ただ、あいつを、周り全てをウザいと思い続けていた…。
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