第48話

「…痛いっ!!」


 また、反射的にそう言ってしまってた。


 でも、あいつは宏樹と違って、私の左腕を離さなかった。青白く、やせ細った手だった。


「…もしかして、君?昨日、リスカして運ばれてきた子って。看護師さん達が噂してたよ」


 あいつの目が、じっと私の顔を覗き込む。そして、あいつの口から、遠慮のない言葉が飛び出してきた。


「あのさ。どうしてそんな事するの?何にも得なんかしない。ただ、痛いだけなのに…」


 ムカッとした。


 何にも知らないくせに、マジでウザいと思った。


 もし、あいつが同じクラスだったなら、絶対に『それ』のターゲットにしてた。それくらい、この一言がムカついた。


 気が付いた時、私は空いた右腕を伸ばして、あいつの胸元を思い切り突き飛ばしていた。


「うわっ、ととと…」


 私の手を離したと同時に、あいつの身体はバランスが崩れて、ぐらりと揺れた。


 とっさに松葉杖で支えようとするけど、左腕に持っていた分が間に合わず、それはカランカランと音を立てて、屋上のタイルの上を舞うように倒れてしまった。


「あ…」


 残った右腕の分の松葉杖一本にすがり付くように立つあいつが、ちょっと困ったような顔で足元のそれを見つめている。


 そんなあいつの顔が見られて、ほんのちょっとだけどすっきりした。だから、あいつを無視して屋上を出ようと再び歩き出したというのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る