第46話

屋上の縁から一メートルほど手前で足を止め、そうっと下を覗き込んだ。


 病室を抜け出したのが八時半過ぎくらいだったから、今頃はちょうど外来診察が始まる時間なのだろう。覗き込んだ視界の中に病院の入り口があって、そこを押し車を杖代わりにした一人のおばあちゃんがゆっくりとくぐっていくのが見えた。


 あんなふうになってまで、生きていたくない。ふいに、そう思った。


 何だかすごくみっともないし、みすぼらしいし、シワくちゃでボロボロだし。何より、ちっとも生きてるって感じに見えないし。


 そう思いながら、私は包帯でぐるぐる巻きにされた左腕を見た。


 今日は木曜日。どんなに長くても日曜日には退院だろう。次の月曜日から、また『それ』のターゲットになる日々が始まる。


 その度に、周囲の目が『可哀想』とか『負けないで』とか『頑張れ』とか言うんだろう。


 やめてよ、私はそんなんじゃない。何にも負けてないんだから、頑張る必要なんかない!可哀想と思われる筋合いもない!!


 ああ、本当にウザい。そんなに可哀想に見えるなら、本当の可哀想になってやろうか…。


 そう思いながら、さらに一歩、屋上の縁に近付いた時だった。


「…君、何やってるの?そこは危ないんじゃない?」


 背後から聞こえてきた不思議そうに尋ねてくる声。それに反射的に振り返ると、そこには両手で一対の松葉杖を使っている同い年くらいの男の子がいた。


 これが、あいつ――奥寺遼一(おくでらりょういち)との出会いであり、同時にあいつの命のカウントダウンの始まりだった。

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