第41話

走って、走って、家に辿り着いた。


 玄関を開けて、ただいまも言わずに自分の部屋に飛び込む。お母さんの声が聞こえたような気もしたけど、私は学生鞄の中からカッターナイフを取り出す事に必死だった。


 宏樹の言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。


 皆に倍返しされても仕方ない。


 皆に謝れ。


 世界で一番不幸だなんて大間違い…。


 じゃあ、今の私は何?何者だって言えるの?答えられないくせに、何も分からないくせに…!


 制服の左袖を乱暴にまくってから、押し出したカッターナイフの刃を左腕の腹に当てて素早く切った。


 線状の赤い傷がうっすらと浮かび上がり、またびりびりとした痛みが走り始める。


 いつもなら、これくらいで安心できた。血が流れるのを見て、ホッとできた。私は変なんかじゃないって。


 でも、今日は違った。全然安心できない。まだ宏樹の言葉が頭の中から出ていってくれなかった。


「前嶋のせいだ…」


 そう呟いてから、私はまたカッターナイフで左腕を切った。今度は立て続けに何度も。


 早く、早く安心したい。この不安をかき消してしまいたい。だから、もっともっと…。


 その気持ちが最大限に膨れた時、私は左の手首にカッターナイフを押し当てていた。


 そういえば、まだここは切ってなかったっけ…。


 いつもと変わりなく、何の躊躇もなく手首を切った。すると、いつもと違ってうっすらとではなく、ぷしゅうっと空気が抜けるような音を立てながら血が噴き出してきた。


「あれぇ…?」


 変だなぁと思った次の瞬間、急に目の前が真っ暗になっていった。

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