第37話

シャワーの栓を捻って、一気に熱いお湯を被ったつもりだった。


 それなのに、私の身体はちっともその熱さを感じない。むしろ、トイレの水責めの時にやられた冷たさを思い出して、何だか身体が動かなくなってきた。


 …何で?やだ、ちょっとやめてよ。こんなの、変じゃん。これじゃ、まるで私…。


 何とか首だけを動かして、辺りを慌てて見渡す。その間にも、出しっぱなしにしているシャワーの音さえ、どんどん遠くなっていく。


 やだ、急がなくちゃ。早く何とかしなきゃ。


 そんなふうに焦ってた私の目に、ある物が留まった。


 シャワーの栓の横にある小物入れの中。お父さんが使っている髭(ひげ)剃り用のカミソリが。


 買ったばかりなのか、全く錆び付いた様子もない一枚刃のカミソリ。いい物を見つけた。これで確認ができる。私は宝物を手に入れたような気分で、そのカミソリを右手に取った。


 すぐさま左腕を伸ばし、その腹の部分にカミソリの刃を当てる。そして、何の躊躇もなく刃を皮膚に食い込ませると、ゆっくりと左から右へと動かした。


 最初に鋭い痛みが走ったけど、すぐに鈍いものへと変わった。薄皮一枚だけだし、シャワーの水のせいで大げさに見えるけれど、そんなに血は出ていない。それが私に、より安心感を覚えさせた。


 うん、痛い。痛いって分かる。流れ出てくる血が熱いのも何となく分かる。


 …良かった、私は変なんかじゃない。私はここにいる。変なのはあの子達の方だったんだ。良かった、本当に良かった。


 私はお父さんのカミソリの柄を右手で強く握り締めながら、そう思っていた。

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