第26話
それでも、私はそっと宏樹の背後から進み出て、震えそうになる声を振り絞った。
「…ご無沙汰してます。後藤先生…」
「……」
後藤先生が無言で私を見つめてくる。七年前と変わらない、その力強い目にすぐ耐えられなくなり、私は自分の足元に視線を落とした。
分かっている。後藤先生が今でも私を怒っている事くらい。蒔絵をあそこまで追い詰めた事を、後藤先生が今でも許してくれていない事くらい…。
できる事なら、今すぐここから逃げ出したい――そう思った時だった。
「…七年ぶりになるか、安西」
返ってきた言葉は予想と全く違って、とても優しい声に乗せられたものだった。
驚いて顔を上げてみれば、後藤先生はじっと私を見つめていた。額や頬に少しシワが刻まれているその顔に、私に対する怒気や嫌悪感は微塵も浮かんでいないように見えた。
「よく、戻ってきてくれたな…」
宏樹の横をすり抜け、後藤先生が私の左肩に軽く触れる。一瞬、左腕の傷を見られてしまうのではないかと気になって萎縮すると、後藤先生はさらに気遣いの言葉をかけてくれた。
「すまん。まだ痛いのか…?」
「いえ、今は。あいつがいなくなってからは、一度も切ってません」
「そうか」
後藤先生が短く息を吐いた。
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