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第20話
「…蒔絵、ちゃん?」
台所で夕飯の支度をしてくれている母に、蒔絵に会った事を告げた。すると母は一瞬だけ身を竦ませたが、すぐにまた包丁を持つ手を動かし始めた。
私は母の背後に立ってその様を見守りながら、話を続けた。
「…蒔絵、男の子と一緒だった。お母さんになってたよ」
「そう。少し話を聞いた事があるわ。早くに結婚したみたいだけど、ご主人を事故で亡くしたとか…それで生まれ故郷のこの町に帰ってきたんじゃない?」
私は、その時の蒔絵の気持ちを想像してみた。
決して、私の比ではなかったはずだ。私の何倍も何十倍も悩んで苦しんで、辛い思い出しか残っていないこの町へ帰る事に、どれだけの勇気を要したか。
蒔絵は変わっていた、あの頃よりも確実に。宏樹や優衣さんが前を見据えて少しずつ変わっていったように、蒔絵は強くなっていた。
それなのに、私と再会した事であの頃の辛さを余すところなく思い出させてしまった。できる事ならば、あの蒔絵の叫びを七年前の私に聞かせてやりたい――。
「理香」
ふいに、母が言った。
「今度、蒔絵ちゃんに会う事があったら…その時はちゃんと謝りなさいね」
「え…」
「まだ、謝ってないでしょう?」
母の言う通りだった。私は蒔絵にまだ謝っていない。そうする前に、蒔絵が高校を辞めてしまったから。
私は「うん」とだけ答えて、母の側から離れた。
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