第19話
「…蒔絵(まきえ)!」
私がそう叫んだ瞬間、母親はびくっと大きく肩を震わして足を止めた。
当然、母親の手を握って一緒に歩いていた男の子は不思議そうに彼女を見上げる。
「お母さん?どうしたの?」
男の子の言葉に応えず、母親は――蒔絵は、全身をがくがくと震わせている。私は、そんな彼女にゆっくりと近付いていった。
「蒔絵…私、理香だけど分かる?」
「……」
「蒔絵」
あの頃より、ちょっとだけ太ったかなと思う。昔は細い木の枝みたいに痩せていたのに、今は少しふっくらとしていて、もっと優しさに満ちているような印象を受けた。
だからこそ、余計に…。
「蒔絵」
あと、ほんの少し。もう少しで蒔絵の肩に指先が触れる。そんな近くまで足が進んだ時だった。
「…嫌ぁ!」
恐怖に満ちた声で、蒔絵は男の子の手を離した。そして、その手で伸ばしていた私の左腕を思い切り払った。
「嫌!来ないで!!」
「蒔絵…」
払われた左腕に痛みが走る。例の傷の痛みも重なって、じんじんとしびれてきた。
でも、蒔絵の心の痛みに比べればこんなもの…。そう思って、私が再び話しかけようとした時だった。
「何で…何であんたが、理香がここにいるのよぉ!?いつまで私を苦しめれば気が済むの!?もう許して、助けてよぉ!!」
あの頃と同じように、蒔絵は叫び出した。男の子はパニックを起こした母親を見て、泣きベソをかき始める。
私はもう何も言えずに、その場から逃げ出した。
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