第17話

「宏樹君もお帰りなさい。また立派になっちゃって」

「いえ、そんな…」

「まあ、とにかく二人とも上がりなさい。下道は疲れたでしょ?今、お茶を淹れるわね」


 玄関の引き戸を開けっぱなしにしたまま、母は廊下を引き返していく。ギシギシと軋む古い木の廊下、シミがたくさん付いている灰色の壁、節穴が開きかかっている台所へのドア…何もかも、七年前とちっとも変わっていなかった。


 でも、私はそれを懐かしいと感じてはいけないと思った。そんな感傷に浸る資格さえないとも…。


「理香」


 宏樹の声が促すように後ろから聞こえる。


 だが、私は踵を返して玄関に背を向けた。そのまま宏樹の横をすり抜け、家の敷地から出ようとしたところで、再び彼の声が聞こえていた。


「理香!どこ行くんだ!」

「…ちょっと。ちょっとだけ一人でいさせて」


 振り返りもせずにそう言うと、私は今度こそ敷地から出る。宏樹は、追いかけてはこなかった。


 少し早足で家から離れ、所々にヒビが入ったアスファルトの道を北に進んだ。


 夕方に近い時間のせいか、そちらから帰路に着こうとする子供達の何人かとすれ違う。


 このまま十五分ほどまっすぐ進めば、かつて私と宏樹が通っていて、あいつも一緒に通うはずだった高校の校舎が見えてくる――そう思った時だった。

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