第6話



 あれから少ししてオフィスに戻った私は、課長に気分が悪いので早退したいという意思を伝えた。


 私の普段の勤務態度を知っている課長は、半分以上が嘘の私の申し出を全く疑う事なく、むしろ「今日の暑さに参ってしまったんだろう。早く帰りなさい安西君」とずいぶん気遣わせてしまった。


 大倉さんの姿は見えなかった。口の軽い彼女の事だから、きっと私の傷の事を言いふらしているかと思っていたのに、皆の口から出るのは課長同様に私を気遣う言葉だけだ。それを不思議に思いながら、私はオフィスを出た。


 いつもよりとても早い時間に会社のビルを出て、最寄り駅にまっすぐ向かう。熱気に当たってアスファルトから立ち上ってくる薄い陽炎がゆらゆらと揺れ、道行く営業マンの表情をさらにしかめさせていた。


 そんな彼らの合間を縫って、最寄り駅の構内に入る。できるだけ日陰になっているホームの隅で次の電車を待っていると、とても若々しくて元気な複数の声が聞こえてきた。


「だから~、そんなんじゃないっつーの」

「嘘つくなよ。早く告んねえと、あいつあっという間に彼氏作っちまうって」

「今時、大会で優勝したら告白するなんて流行んねえぞ?」


 ふいと横を見てみれば、ジャージの上下を身にまとった高校生くらいの男の子達が戯れて合っていた。


 彼らがそれぞれ持っているスポーツバックには県立の高校名の他に陸上部という文字がロゴのような形で記されている。部活動の帰りか何かなのだろうと思いながら、私は楽しげに笑い続けている彼らをぼんやりと見つめていた。

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