第112話

「それがどうした。自殺ならむしろ自然な流れだろう。私には他殺とは…」

「風見桐子はリ・アクトの施行後、水恐怖症になっている」


 椿の言葉を遮り、田沼が鋭い目を向けて言った。その指先で、カルテの一枚をタンタンと叩く。


「彼女はリ・アクト後、すぐに俺の所に来た。息子が海に落ちた水音が耳から離れない。風呂に入れないし、顔を洗う事すらもできないと」

「元加害者を勝手に診察したのか!?彼らには決まった医療機関でしか…」

「あいにく、リ・アクトの中継番組なんぞ見る暇がないくらい忙しいもんでな。いちいち元加害者の顔を覚えてるもんか」

「国家反逆罪に問われるかもしれないのに」

「ここに来た奴は誰でも俺の患者だ」


 椿は田沼が苦手だった。昔からこの男に口で勝った試しがない。さすがは日本大国で権威ある心理学博士といったところか。


 舌打ちしたい気持ちを抑えて、椿は胸元から手帳を取り出し、Case.23に関する記憶が記されたページを確認した。


「確かに、風見桐子の息子は、施行を受けた際、海に落ちたと記録にあるな」

「水恐怖症になった彼女はリ・アクト後、例の港にも近付けなかったはずだ。そんな人間が入水自殺なんかできるもんかな」

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