第110話

「申し訳ありません。椿様は火急の仕事が入りましたので、こちらにはお伺いできません。有山瞳の尋問はあなたに一任するそうです、轟木刑事」

「はぁ!?そっちから日時を決めといて、当日にドタキャンか?いいご身分だな、委員会さんよ」

「ですから最初に、申し訳ありませんと言いました。それから、これも」


 女は臆する事なく、轟木にA4判サイズの紙袋を差し出す。轟木はしぶしぶ受け取り、中身を確認した。


 中には数枚の写真と、ある者の経歴書が入っていた。写真に写っているのは、先日レッド・ティアーズの事件で現れたツインヒューイ、そしてそれを操縦している男の姿だった。


 写真の写りはブレていたが、ユウヤのようにグラサンをしている訳ではないので、男の顔は判別できた。


「有山瞳の尋問を終了次第、この男の行方を追って下さい」

「こいつは?」


 轟木が尋ねると、女は淡々と答えた。


「谷 隆司、現在二十三歳。国家認定国民断罪法Case.29における施行を免れた、元・加害者です」




 同時刻、椿は数人の部下と共にある小さな港にいた。


 厳しい表情のまま、つかつかと足音を鳴らして船着き場を進む。その歩幅は大きかった。


 やがて湾の入り口が見えた。足元に気を付けながら、椿は湾を覗き込む。すると、澱んだ色の海水に女の死体が一つ浮かんでいて、それを所轄署の鑑識がゴムボートに引き上げようとしていた。


「風見桐子…!」


 椿がぽつりと呟いた。


 死体は風見桐子だった。

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