第105話

大ホールを出た須藤と椿は、互いの肩を並べて廊下を歩いていた。


 二人の間に会話はなかった。先ほどの事件で椿はまた機嫌を悪くしてしまったようで、眉間にシワが浮かんだままだ。


 須藤はそんな椿をちらりと見た。この調子だと、下手に何か言えばいつもの説教に繋がってしまうかもしれない。


 ロビーが見えてきた。二人の家は正反対の方向だ。小さく息を吐いて、須藤は「それじゃ…」と先に入り口に向かおうとした。


「大和」


 椿が須藤の背中に向かって声をかけた。低い声だった。


「今夜はうちに泊まれ。怪我が痛むだろう?」

「いや、大丈夫だよ」

「お父さんも心配しているんだ、たまには顔を見せてやれ」

「…っ…」


 須藤の表情がこわばり、足が止まる。思わずこぶしも強く握りしめた。


 「あの人」とはもう何年顔を合わせていないだろう。


 大学入学を機に、二度と戻らない覚悟で椿の家を出た。卒業後、『委員会』に入れという言い付けを無視して警察学校に入り、刑事になった。


 「あの人」の言いなりになるのは、あの時だけで充分だ!


 須藤は振り返り、やや大きな声で言った。

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