第104話

紗耶香はキョロキョロと首を動かし、須藤の他に人の気配がないかどうか確かめた。その際、彼女の茶色がかった髪が揺れ、上品なシャンプーの香りが須藤の鼻孔に届いた。


「大和さん、お願いがあります。お兄様には内緒で」


 まっすぐ伸ばした右手の人差し指を唇に当て、紗耶香が小声で言った。


「またあの頃みたいに、私に勉強を教えてくれませんか?」

「勉強を?」

「はい。私、大学に行きたいんです」

「そんな事なら、何も高明様に秘密にしなくても」

「お兄様は私の身体を心配して、大学受験を許して下さらないのです」

「そう…」

「だからこっそり受けるんです。近い将来、政界に身を置くお兄様のお手伝いがしたいんです。そして…」

「そして?」


 須藤が問うと、紗耶香は少し大きく息を吸い込んだ。まぶたを閉じたままの顔には、決意と希望があった。


「この国を優しい国にしたい。誰かが誰かに優しくできて、憎しみなんてない国…。それこそ、リ・アクトなんて必要のない国にしたいんです。お兄様と、大和さんと一緒に…」


 そう言って、紗耶香は微笑んだ。

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