第103話

「怪我が痛むんですか?」


 紗耶香が心配そうに尋ねる。彼女には見えていないのだが、須藤は反射的に首を横に振った。


「いえ、もう大丈夫です。紗耶香様」

「やめて下さい」

「え?」

「前にお会いした時までは“紗耶香ちゃん”だったではありませんか。敬語も嫌です」

「いや、もうそういう訳には…今の僕はただの刑事だし」

「ただの刑事さんじゃありません」


 紗耶香は腕を伸ばし、須藤の脇腹を細い指先で触れた。礼服の上から固いコルセットの感触がした。


 紗耶香のきれいに整った眉がキュッと寄せられた。


「大和さんは素晴らしい人です」


 紗耶香は言った。


「私は初めて会った時から、大和さんをそう思ってきました」

「僕より紗耶香さ…いや、紗耶香ちゃんの方がすごいと思う。さっきだって」

「目が見えない分、人の気持ちがより分かるんです。彼女にはもう傷付いてほしくなかったから」


 須藤から離れ、紗耶香はバルコニーの手すりに身を寄せる。夜空に瞬く星の脆弱な光が、紗耶香を照らしていた。

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