第97話

思わず手を伸ばし、「やま…」と言いかけたが、女がうめく様子が目の端に留まった。椿は一瞬だけギュッと唇を噛み締め、やがて厳しい顔つきとなった。


 伸ばした手を胸元に忍ばせながら、椿は須藤に背を向け、女の元へ歩く。すでに女の側ではSPの大柄な男が三、四人そびえ立つ山々のように取り囲んでいた。


「国家認定国民断罪法執行委員会だ。顔を上げろ」


 SPの輪に入った椿は元々低い声をさらに1オクターブ低め、女を見下ろしながら言った。


 女はすぐに顔を上げた。悔しそうに歯ぎしりし、恨みと怒りがこもる血走った目で椿を見上げている。そんな女を見て、椿は「やはりな」とこぼした。


 椿の手には例の黒い手帳があり、あるページで止まっていた。


「Case.23における元加害者・風見桐子(かざみとうこ)だな。あのお方を本郷宗一郎様の孫娘と分かっていてのテロ行為か?」

「テロじゃないわ!これはリ・アクトよ!あのジジイも知るべきよ、愛する者が自分の身代わりになって死ぬ事がどんなに辛いかを!返して、私の息子を返して!」


 女はうずくまったまま足元に爪を立て、血走った両目から涙を溢れさせ号泣した。

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